お参り

今日、ニャンコ先生が納められたお寺に行ってきました。
普通に人間の墓地もあるお寺で、ペットのお墓は
建物の中にありました。

先々、私自身がちゃんと行ってあげられるかどうかなども考え、
他のペットたちと合同の永代供養のお墓にしたのですが、
やっぱり個別にしてあげるべきだったかなと悩みながらの
訪問でした。



ニャンコ先生は私と暮らし始めてから死ぬまで、
人間以外の生き物とのお付き合いがなく、
しかも『猫嫌い』(猫なのに)だったので、
よその子と一緒じゃイヤかなぁ・・・と。

霊廟に行き、合同のお墓を見た時。
なぜだかわかりませんが、「ここにニャンコ先生はいない、
私の家にいる」と強く感じました。

家にいると、まだニャンコ先生がいるような感じがするんです。
でも、骨が納められている骨箱を見ても、
まったくニャンコ先生を感じられないのです。
なんだかよそ様のお墓に来たかのような感覚になり、
悲しくもなんともなく、「ここにいてもしょうがない」気分でした。

一応、お線香をあげ、持参した写真を骨箱にかざしながら、
「もし、ここにいるんだったら一緒にうちに帰ろうね」と話しました。

駅まで戻ると、モスバーガーが。
「そういえば朝も昼も食べないや」と、モスに入ることに。
モスのポテトが好きだったニャンコ先生が「寄って!食べて!」と
願ったんでしょうかね?(笑)

(この先の話、サイコだとかおかしくなったとか思わないで下さい!!失笑)

家に戻ると、やはりここにニャンコ先生は戻ってきているなぁと
強く感じました。
多分、「他の猫と一緒なんてイヤ!猫きらい!!」と、
環七をグルっと回って帰ってきたんでしょう。

昨夜、ベッドに入って、「明日お寺に会いに行くからね」と
心の中でつぶやいた、その時・・・

パタパタパタ・・・
ニャンコ先生が部屋を走り回ってた時と同じ音がしたんです。
肉球が床に当たる音。
それが部屋の入り口あたりからベッドに向かって近づいてきたんです。

きっと何か別な音が同じように聞こえただけなんでしょうが、
私は信じることにします。
だからこそ、今日お寺にニャンコ先生の存在感を感じられなかったのだと。

姿も声もないけど、いつも傍にいてくれていると思って過ごします。
そう思ったら、ものすごく気持ちがラクになりました。

そうそう、実は今日、大寝坊をしたのです。
今日はニャンコ先生の物などを大量に捨てる日だったし、
お墓に行くので早起きする予定だったのですが、
目覚ましが鳴った(気がした)時、予定より2時間早く見えたんで、
「時計が壊れた?」と思って二度寝してしまったんです。

おかげでゴミは捨てられず、お寺に着いたのも午後2時くらいになってしまいました。

モスで遅いお昼を食べながら想像しました。
「まだ3日しか経ってないのに、もう捨てるわけ!?」
「お寺になんかアタシいないわよ。そんなに急いで行くことないって」
・・・と言って寝坊させたのでは!?と。(単なる寝坊の言い訳ですが)
しかも、お寺に行く時なんか、手前過ぎる駅で乗り換えてしまい、
かえって時間がかかってしまいました。
駅を出た後も間違った出口に出てしまったり・・・
なかなかお寺にたどり着かせてもらえず。
挙句に「いない」感じがしてしまったんですから、なんだったんだろう???
ですよね~。必死になって行ったっていうのに!!

ゴミは週イチ回収の不燃ゴミなので、来週までお預け。
初七日が終わってからとなります。
ま、ニャンコ先生にしてみれば「いくらなんでも初七日くらい待てよっ」って
ことなのかもしれないですね。
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by gogofinland | 2007-09-01 20:09 | ぐうたらな日々Tokiossa